お侍様 小劇場 extra

    “迷子の裏事情” 〜寵猫抄…枝番? その2

         *いつもの“寵猫抄”とは微妙に舞台が違います。
          『
迷子の仔猫と…』の続編で、
          高校が舞台の“勘久”が混在しておりますので、
          どうか混乱なさらぬように。
 
 


 春先は様々に“気”が乱れやすい頃合いで。長く陰鬱だった厳寒の冬に、身動き取れぬほど押さえ込まれていた種々様々な力や精気が。新たな季節の運び込む、陽射しや風の温みともに、その重圧から解き放たれて、伸び伸びと目覚める時期でもあるし。とはいえ、芽生えたばかりのまだまだ覚束ない勢力も多々あることから、冬場の停滞という澱みから生じた“善からぬもの”が、迷惑な置き土産として、悪意の残滓をそんな脆弱なところへと植えつけてゆくこともあったりし。そんなこんなの鬩ぎ合いが何かしら波及するものか。地脈に頼って存在する か弱い精霊に比べりゃあ、その意志で連動さす頑健な“殻”持つ 陽体なはずの人間までもが。うっかりと病を拾ったり、意識に霞がかかってのこと、原因不明な無気力に取りつかれたりと、とんだことに成りかねないのが春でもあって。

 《 ……っ。》

 今日はさほどに風も吹かない、上天気のいい陽気だったものが。そんな空間を歪みで切り裂くように、一陣の疾風が飛び込んで来、こちらの動作を凍らせる。上下左右のどこへ避けるのか、唐突に襲い来たのなら、それへと負けぬ素早い反射に任せりゃいいところ。だが、こやつは…先触れの気配で“来る”とわざわざ知らせることで、相手がそれへと迷うよう、絶妙な“間”をわざとに載せるという、何ともいやらしい攻撃を繰り出す輩であり。

 《 ……。》

 相手の焦燥ぶりを滑稽だのと嘲笑したがる傲岸な奴か、それともそういう小手先の技しか使えぬ小者なのか。まだこんなに明るい昼日中に、街の中を翔っていたよな手合いだったから、どうやら後者であるらしいとの目串を刺した。蟲だの草だの、小さき者を相手の跳梁だったなら、それもまた自然な食物連鎖みたいなものだと放っておくつもりだったのだが、

 『…わっ☆』

 まだまだ冬枯れの姿なまんまな街路樹の、梢の先さえ震えぬというに。砂混じりの突風に身をやつし、選りにも選って、この自分が護っていた“人の和子”を狙ったのが許せない。何かを直接ぶつけて来た訳じゃあなくの、単なる空拳のような ちょっかい掛けに過ぎなかったものの。驚いた拍子にかすかに怯むことで放たれた、怖じけという名の負の精気を拾い上げ、その身の肥やしにする小鬼。ちょっとした悪戯や目眩ましであれ、ものによっては心への棘を残しかねないことだし。それより何より、この自分が我を封印してまで護衛の気を張り、そうすることで邪を寄せぬよう護っている存在への、嘲笑含んだような軽々しい手出しだったのが収まらぬ。

 『え? あ…久蔵っ?!』

 その懐ろへと抱え上げられていたところから、暖かな腕を擦り抜けての飛び出してって。人込みに紛れてゆく途中、大人の拳ほどという小さなその身を、風へと さらり、ほどいてしまえば。

 『…久蔵?』

 キャラメル色した小さな毛糸玉のようだった仔猫は消えて、追って来た和子の眸からさえ、見えなくなってしまうのだけれど。

 《 …っ。》

 仔猫へと封していた大邪狩りとしての感覚へも、ちりちりと届いたほどの、ふざけた悪意の持ち主は。こちらの姿が…長衣紋をまといし青年へと変化
(へんげ)したこと、きっちりと見定めていたらしく。

 《 ほほぉ、
   邪妖狩りがこの界隈へ居座っているとの噂は本当だったのだな。》

 自分たちには厄介な相手、それ故にとの情報が回っているらしく。そんな声なぞ知ったことかとあっさり流し、厚手の外套の、長い裳裾をひるがえしつつ、宙を駆け登ると。筒袖にくるまれた腕、左右へ緩く広げて迎えるは、風の中へ隠し持つ、二振りの得物。何もなかったその手の中へ、随分と細身の刀がどこからともなく現れており。左右にそれぞれ一振りずつの和刀を構えた、金髪白面のうら若き祓神の姿は、目映いばかりに神聖なのに、その身が孕む力がどこか妖しくもあって。

 《 よほどの山ほど、我らが同胞を屠って来たのだね。》

 麗しいばかりではない、斬り裂くための鋭さが、気配にまで滲んでいての、ひたひた寄せ来る殺意は鮮明。相手への感情が欠片ほども籠もっていない殺気は、まるで避けようのない炎のごとし。

 《 昔から徳の高い存在を喰らうと寿命が延びると言うけれど、
   それって本当だと思うかい?》

 小馬鹿にしたよな言いようが聞こえたが、本当に訊きたいことかどうかは判ったもんじゃあなくて。

 《 ………。》
 《 そりゃあ答えられねぇわなぁ?》

 無反応でいる邪妖祓いの青年へ、まだ姿は見せぬままな存在が、喉奥鳴らすよに くつくつと鈍く笑った。

 《 何せ、今から喰われる身なんだしよぉっっ!!》

 ああそう来たかと、そんな感慨さえも浮かんだかどうか。凍ったような無表情のまま、選りにも選って真下なんてゆ意外な角度から、真っ直ぐ跳ね上がって来た何物か。それへ向けての、やはり冷静な対処は的確で。その真白き双手の中で、軽々くるりと回した刀の切っ先構えると。態度も表情も微塵も揺るがさずの、落ち着き払ったそのままで。わざわざ突っ込んで来た愚か者の、大きく振りかぶられた爪の間をひょいと、身を屈めるだけであっさり躱したその末。拵
(こしら)えこそ巨大だが、横手からどんと踵で突いたそれだけで、たやすく砕けた薄刃の凶器の破片を、そろそろお目見えのそれ、可憐な花吹雪のように散らばらせれば。

 《 な…っ!》

 邪妖の彼へは意外な展開へ、仰天している間抜けな御面相がそのまま凍りついたほど。待ち受けていたそこから測っても、1秒もなかったろう あっと言う間の瞬殺の刃が。勢いだけだった邪妖のはしくれ、穹ごと引き裂いての粉々に、切り刻んでしまっており。

 《 …………馬鹿め。》

 くだらない悪戯なんぞ仕掛けなければ、こっそり長生き出来ただろうにと。いや、そこまで具体的なことを思ったかどうか。言葉少ななそのまんま、切っ先返した刀を、これもいつの間にやら背中へ負っていた鞘へと収めての、さて。街の雑踏の少しほど頭上にて、一連のやっとおを素早く片付けはしたものの、

 《 ………。》

 眼下へ見下ろした街はあまりに遠く。随分と広範囲を視野の中へと収められるほどのその街の中の、一体どこから…此処へまでやって来た自分だったのか。文字通り、後顧だにせずの真っ直ぐに、駆け上がって来たものだから。思い出すも何も、全くの全然、心当たりが沸かない自分であることへ、


  《 ………………。》


 随分と深い沈黙を、その胸中へと抱えてしまった、金の髪した紅胡蝶様だったりしたそうな。





        ◇◇



 直前の冬が、底冷えのする厳寒から花見どきを思わす春めきまでという、極端な気温差の乱高下をしまくったその続きなのだろか。春の彼岸を迎えてもなお、いきなりの寒波がやすやすと襲う極端な寒の戻りが頻繁に訪のうものだから。街ゆく人らもその装いを決めかねてのこと。春向けだろ軽やかな色合いのブラウスやシャツの上、その華やぎを押し潰すよな、重たげな濃色のコートを重ね着している様が 多々見受けられ。そんな風に色彩が色々と混在することが、今日ほど苛立たしいと思ったことはなかった七郎次でもあるらしく。

 「…確かに、こっちへ駆けてったんですよ。」

 ああどうして、お外を歩いていたのにリードを繋げてなかったものか。駐車場からさして離れちゃいなかったところまで、すぐの鼻先に見えていた自販機へ、お茶を買いにと向かったほんの僅かな間だったからと、妙に油断があったのかも。目を離すと逃げ出すからとか、そうならぬように拘束するとかいうのじゃないから尚のこと。かわいい和子をリードなんぞでつなぐのはいつだって忍びなくってのそれでつい。お外の空気へにゃあぁんと甘く鳴く愛らしい坊やが、きゅうとしがみついて来る温みを愛でながら、呑気に歩いていただけなのだが。ただ…やんちゃさんは 時として後先見ないで駆け出すものだから。駆けて駆けてのその末に、戻りたくとも戻って来れないところまで至ってしまっているんじゃなかろうかと、非常に遠からずなところを案じておいでの彼なのであり。

 「どうしましょうか。」
 「落ち着きなさい。」

 さらさらした金絲の髪を振り乱すほど、見るからにおろおろと落ち着かず、色白なお顔をなお白くしている連れ合いの恐慌ぶりへと。そんな相方なのがまずは居たたまれないからか、撫で肩をどうどうどうとなだめるように撫でてやる勘兵衛であり。そもそもはといや、小説家である彼が取材のためにとこちらの街にあるホテルへ宿泊しており、それへのお迎えにと出て来たもの。無論、それだけが目的じゃあなくて、こちらの専門店でなくてはとの“お使いもの”を求めにという、おまけの御用もあったこたあったのだけれど。

 「迷子になったときのためにと、首輪に伝言ナンバーも記してあったのだろう。」
 「はい…。」

 でもでもあの子は、わたしたちには坊やに見えているけれど、他のお人にはどうしてか、それは愛らしい仔猫にしか見えぬ。だから…魔が差した人にそのまま連れ去られてしまう恐れも大いにあって。人の和子なら、まずはそんな風にと いきなり思うまいが、それが小さな小さな仔猫であったなら? このまま迷子にしておくのは忍びないとの親切心から、連れ去る人もいるかも知れぬ。あとから首輪の連絡先に気づいたとしても、その頃にはもう愛着が沸いており、それがため見なかった振りをするかも知れぬ。それでなくとも不思議な存在。でもでも、自分たちにはもはや家族も同然のかわいい坊やだ。心ない人や地元の大人猫に意地悪をされてはないだろか。それ以前の問題として、交通量の多い通りへ飛び出して、車に轢かれてはいなかろか。心配し出すとキリがなく、どこかで怖い想いをしているかも知れぬのに、何も出来ない自分がまた 腹立たしいほど不甲斐なくて仕方がなくて。匂いや勘で戻って来るやもと、自宅から乗って来た車の傍らという、最初にいた駐車場まで戻った彼らだったが。そこからは懐ろへと抱えて離れた七郎次だったので、いなくなった通りまでしか匂いは嗅げない彼なのかもと、そんなところへ気がついての新たな焦りにむずむずしかかっていたものが、

 「………あ。」

 ポケットから取り出し、車のルーフへ置いてた携帯電話。マナーモードのままだったそれが、小刻みに震えながら“む〜〜〜ん”と唸ったのへ素早く気づき、素早く掴み取った動作の俊敏さの速いこと速いこと。

 「もしもしっ!」

 ついつい習慣で声をかけてしまったが、それを一瞬で宥めてしまった合成音のガイドに圧倒されての黙り込んでから…数刻ほど。途中から宙を泳ぎ始めた白い手へ、日ごろ持ち歩いているメモ帳とペンを上着の内ポケットから掴み出し、ルーフを机にし書きやすいようにと開いて出してやった勘兵衛で。それへと気づいて…ちらりとこちらへ向けられた七郎次からの視線が、微妙に見張られたそれ、驚き示す代物であったのは。何かメモを欲していると読み取っただけじゃなく、わざわざそこまでのフォローを尽くしてくれた勘兵衛だったのが意外だったからだろか。

 『あれは失敬じゃあなかったか?』
 『あ、や…、それはそうだったかも、ですけれど。』

 後日の忘れたころに引っ張り出され、敏腕秘書殿が微妙に困ったのも、今はまま置くとして。

 「見つけてくれた人がいましたっ。」

 ああよかった、一時はどうなることかと思いましたと。その胸元へ携帯を伏せて抱き抱え、見るからにホッとしたと言わんばかり、安堵の吐息をついた女房殿だったが。そんな彼が死ぬような想いで心配抱えていたのは…実質30分もなかった間のことであり。青白くなりかけていた頬へ、やっとのこと赤みと微笑みが戻って来たのへと、こちらも釣られてその目許を和ませた勘兵衛が、

 “…あまりに泡を食ってくれたものだから、こちらは冷静でいられたのかもだな。”

 そこを“冷たいお人ですよねぇ”なんて詰られやしないかと。いやいや、まだそこまで色々と考えが広げられるほどには、島田せんせいも…さほど落ち着いちゃあいなかったのではありますが。

 「今おいでのところを訊かなきゃですね。」

 折り返しの連絡をくださいとの伝言に添えられていたナンバーへ、さっそくにも携帯を操作し始めた七郎次の手元を眺めつつ、ふと どこかから匂った甘い香に振り返ると。ほんの鼻先の縁石の上、ジンチョウゲの茂みがあったのへ今やっと気がついた自分へ、何とも言えぬ苦笑を浮かべた作家せんせいだったのでありました。





        ◇◇◇



 指定されたのは、何と高校の敷地内だということで。いくら明るい昼日中、しかも抵抗出来ぬ幼児ばかりが居よう小学校ほどじゃあないにせよ、昔ほどそうそう簡単に部外者が入れはしなかろうところであるはずが、

 『おや、お出掛けだったのですか。』

 正門の間近に設けてあった、外来者向けの受付なのだろ小ぶりな事務所。そこへ申し出なきゃあいかんのかしらと歩み寄りかけた彼らへ、気配を嗅いだか向こうからも顔を覗かせた警備員らしき男性から、まずはとそんな声を掛けられた。はい?と微かに眸を瞬かせておれば、

 『大変ですな、休日出勤とは。』

 にこやかに笑い、会釈までしてそのまま引っ込んでしまった彼であり。

 『……どういう事でしょか。』
 『さてな。』

 よほどのこと我らに似た先生でもいるものか。ええ〜? わたしはともかく、勘兵衛様だと個性的すぎやしませんか? 何だその言い草は。だって、此処って一応は学校なんですし。判らんぞ、美術の教師あたりなら、髪を伸ばしたり髭を生やしたり、若向けの成りをしているかも知れぬ…と。よく判らない応対への結論を導き出したくてか、ごちゃごちゃと思うところを言い合いながら進んだ、校舎へと向かうアプローチ。春休み中だからだろう、どこか離れたところから運動部の掛け声が聞こえるが、こちらにはさして人影は見られない。朝礼なぞへも使うのだろ、陸上用のトラックを1つ描けばいっぱいいっぱいな校庭を片側に見ながら、もう片やへはスズカケかニレか並木のような木立が連なる小道を進めば。少しほど高低差があるのを思わせる、ゆるやかな傾斜
(なぞえ)の土手の上へと続く短い石段。どうしてだろうか自分の通っていた学校に似ているような気がする、そんな風景の中をゆけば、

 「ほれ、これならどうだ。」

 随分と唐突に、響きのいいお声がし。それへと続いたのが、

 「……みゃっ、にゃあvv」
 「…っ!!」

 思わずのこと七郎次が駆け出したほどに、鮮明かつ愛らしい、仔猫さんのお声じゃあありませんか。正面玄関へと向かうのが順当な進路であったのだろが、それへは背中を向ける格好で。校舎一階の一番端に当たる部屋のだろう、窓が幾つも開いているのを目指し、普段はどちらかと言えば落ち着いた所作ばかりを見せる青年が、弾かれるように駆け出していて。

 「久蔵っっ!」

 到達した窓の中へ、この手が届かぬ分も届けとばかりの声を張ったところが、

 「え……っ!」

 思わぬ間近にいた誰かが、気配だけでもそれと判るほどの驚きを見せての振り返って来て。ああしまった、想いも拠らないタイミングでこんな大声浴びせられたら、誰だってそりゃあびっくりするよな…と。相手の驚きを拾ったそのまま、恐縮半分 即座に理解した把握とは別な感覚が、視界から飛び込んで来たもので覆われていた七郎次であり。

 「………え?」

 だってそこには信じられない存在がいたのだもの。金の髪は軽やかな質なのか、振り返った所作に流され、ふわりと躍り、その陰から覗いた双眸は虹彩の内がルビイのように真っ赤。今時の高校生にはよくある痩躯の少年は、その冴えた風貌が何とも印象的な美人さんであったのみならず、

 「〜〜〜〜っっ!」
 「如何したか、七郎次。」

 その場で後ずさりしかかるほども、一体何へと驚いたのかと。こちらさんは、やあ此処に居たかとの安心感から、ゆったりと追って来た勘兵衛が怪訝そうなお顔をしたのへ…無意識だろう手を延べの、その二の腕をぎゅうと掴んだそのまま“ううう…”と口ごもる七郎次であったりし。ここまで感極まるといえば、それはそれは愛しんでいる仔猫さんの見せる、何にも替え難い愛らしさへというのがここ近年の習いであったのだが、

 「……お。」

 そんな彼が視線を外せぬまんまな室内を見やれば。窓の間近に立っていたのは、制服ではなさそうなフードのついたパーカー姿の高校生だったが、

 “なんとまあ、久蔵に似た子であるものよ。”

 今時には髪の色が明るいのもさして珍しいことではないし、この彼は瞳の色も薄いから、もしかせずともクォーターあたりの血統を持っているのかも。そういった日本人離れした風貌が、彼らには親しみのある仔猫さんの面差しと、重なるところの何とも多いことだろか。そして、

 「……あ。」

 そんな彼の側もまた…何でだろうか凍りついたように立ち尽くしての、こちらをまじまじと見やっている様相が、突然の来訪者へただ驚かされただけのそれではないようにも見えた。彼が わあと驚いたのは、唐突に間際から轟いた七郎次からの大声へ、なのだろに。それにしては、その視線は後から辿り着いた勘兵衛の上へもそそがれており。しかも…何だか、そちらからの方が よほどに大きな驚きを受けた彼であるような、そんな眸の剥きようではなかろうか。もしやして自分のお顔をどこかで見知っていた彼なのか。雑誌や単行本へ“筆者近影”という写真が載ることはあるけれど、売り込みにあたる活動はあまり積極的には構えていないため、さほど顔が指す存在ではなかったはずだがと。首を傾げたいような感覚に襲われていた作家せんせい様であり。そしてそして、

 「にゃっ、みゃあみゅvv」

 そんな少年の立ち位置の向こう。グループの数人で囲むのだろ広いめの机の上にいたのが、そちらこそが彼らのお目当ての小さな仔猫様であり。覚束無い立ちようでいながらも、見慣れぬ場所の、それも高いところに上がっていることへの興奮もあってだろうか。その場でぴょいぴょいと、足踏みのように弾んで見せたのを助走にしてのそれから、たかたかトコトコ駈けて来るものだから、

 「え?」
 「な…っ!」
 「わ。」
 「危ないっ!」

 その場にいた4人全員が同じ想いから身を乗り出しかかったのは、むしろ素晴らしい反射だったと言えようか。そんな皆様方の、背条凍らすほども驚いた気持ちも知らず、まずは、手前にいた少年が差し伸べた腕へと飛びついた坊や。そのまま、あんよを縮めるとバネをため、そうと思う間もなくのすぐさま、と〜んと飛んで窓辺へまで。こうやって詳細を書けば長ったらしいが、実際はといや、ちょんぴょん・ぽん という、そりゃあなめらかな一連の跳躍にて。小さな王子が一気に飛んでの辿りついたのは、

 「みゃぁっvv」
 「わ…っ!」

 その行方と無事とを一番案じていただろう、青玻璃の瞳に潤みの気配がかすかに残る、やさしいおっ母様の懐ろだったのでありました。






  ■ おまけ ■


 あのネ、じちゅはね。
 やーよな によいのしたおじさん、ちょみっとだけシュマダに似てたの。
 でもネ? なんか、シュマダより ちっちゃかったから、(若いの意)
 キュウには、あのね? びみょーに物足りゃなかったの。
 あ、あ、これって ないちょのないちょね? いぃい? きっとよ?



 途中であたふたと買い求めた菓子折りを手提げ袋ごと手渡して、本当にご迷惑をお掛けしてと、何度も何度も頭を下げた七郎次と。その傍らで言葉少なに、だが、厭味のない鷹揚さでもって世話になったと言いたげに目許を細めている偉丈夫と。そんな二人の相手をし、いや何、困っているときは相身互いですよと、もっともらしいご挨拶述べたのは、こちらの学校の教師だという男性で。白衣を着ていたから理科系か、それとも案外と美術担当かも知れぬ。そんな掴みどころのなさをお持ちのお人、とはいえ、重厚な雰囲気はどこかの間近で身近な誰かさんの持つそれと、そういや似てもいたなぁと、感じないでもなかったものの、

 「勘兵衛様、さっきの男の子。」
 「ああ、まあちょっとは久蔵にも似ていたかな。」
 「あ、それだけですか?」

 あ〜んなに凛々しい男の子だったのにと。七郎次としては、そちらが異様に気になってしょうがなかったようであり。見知らぬお人に保護されていたという状況下で、やはり多少は興奮していたか。陰っていたのが一転し、春めいた陽の下に伸びる陰を足元へ踏みつつ、駐車場まで戻って来たころには小さなその身を丸め、くうすうとうたた寝し始めていた坊やへと、良かった良かったとの高揚した笑顔をそそぎつつ、

 「久蔵も何年か経ったら、
  あの子みたいな凛々しい男の子へ育つのでしょうかね。」
 「さてなぁ。」

 ワクワクしもって訊いたのに、こちら様にはあまり関心は沸かぬか、曖昧な声で返す勘兵衛だったので。何ですよ、そんな言い方。そうは言うが、久蔵はどうも甘えたなところが強いからの。

「見たところ、剣道でもこなしてそうな立ち居だったあの少年と、
 同じようにというのは…ちょおっと無理があるまいか。」

 さすがは物書き、外見はともかく…と見るべきところは見ていての言なのへ、ううと言葉に詰まった七郎次の前へ、車の鍵をと手を延べる。運転はいつも秘書のお仕事、なのに何でですよと訊く代わり、青い双眸を瞬かせれば、

 「久蔵を起こすのは忍びなかろ。帰りは儂が運転するから。」
 「………はい。////////」

 どうした、急に萎
(しぼ)みおって。何ですよぉ、そんなまろやかな笑い方なんかしたりして。まろやか…。他でもそんなお顔をお見せなのですか?と、勝手に含羞んでおきながら、そのまま勝手に拗ねたいような言いようまで繰り出す女房殿へ。今度は真剣に意味が判らんと、彫の深い精悍なお顔をきょとんとさせて、作家せんせいが置いてきぼりになりかかったそんな頃。


 「…びっくりした。」
 「さようさ、ああまでシチロージにそっくりな御仁がいようとはな。」
 「そうじゃなくて。」
 「??」


 急な来客が去った後、今度は予定の内だった業者の方々が、新しいラックを持って来ましたと搬入にかかり始めたので。邪魔にならぬよう窓辺へ寄りつつ、ふとという感じで口を衝いて出ていた感慨は、だが、どうやらキュウゾウだけが感じたそれであったようであり。

 “この手の顔が二人もいようとは……。”

 そういえば体格や雰囲気も似てはなかったか? だが、あの仔猫はそりゃあ嬉しそうに、後から顔を出した壮年のほうへも懐いていたような。向こうは煙草を吸わない御仁なのか、それとも、案外と猫は視力には頼っていないのか。

 “いや待て、嗅覚に頼るのは犬だ。”

 猫はむしろ瞬発力で獲物を捕る種族だから、視力には繊細なものを持ってるというよなと。明るさによって瞳孔の大きさが変わることをまで思い出し、だったら………あれれぇ?と こんがらがってしまったキュウゾウくんへ、

 「そういえば、あの壮年のほうは、島谷勘平とかいう作家だぞ。」

 窓辺へ寄ったのを幸いに、さっき仔猫をじゃらすおもちゃを作った材料がそれなのだろう、煙草のパッケージを掴み出すと。慣れた手つきでとんとんと上部を叩いて、摘まみやすいようフィルター口が浮いて来た中の1本を抜き出す。もはや見慣れた一連の所作でもって咥えた煙草へ、パステルカラーの百円ライターで火を点けながら、そんなことを言い出すカンベエであり。

 「作家?」
 「うむ。あの年頃であんな髪形なところや、醸す雰囲気が私と似ておると、
  文芸部の副部長の何とかいう女子から、さんざん聞かされたことがあったのでな。」
 「…ふ〜ん。」

 おや何だその反応は。別に…って、此処は禁煙だぞ。堅いこと言うな、窓も戸も開いているのだから……と、相変わらずな屁理屈述べて。日頃は滅多に表さぬという感情、目一杯に塗りたくったお顔でむむうと膨れる少年へ、味のある目許を細め、くくと笑った不良なせんせい。教師にはあるまじき関心寄せて、あれこれ構いつけているのだということへ、いつになったら気づくものやらと。それもまた楽しい秘めごとであるかのように押し隠し、まだまだ青い坊やへ向けて、

 「どした。」
 「…………う。///////」

 視線から意識からと判りやすくも差し向けちゃあ、せいぜい焦れと煽ってみせる。……良い子のみんなは、こんないけない大人にだけはなっちゃあいけないんだからね?








  〜Fine〜  2010.03.30.


  *フーゴル森様の『ANTHONY.K』さんに、
   先の小咄の絵を起こしていただきまして。
   もうもう勘兵衛様が格好よくって〜〜〜vv →

   転載のご許可もありがとうございましたvv

   そこで調子に乗って、
   もうちょこっとだけ書き足さしていただきました。
   何だか妙な島田先生にしてしまってすいません。
   それと、そっくりであるにもかかわらず、
   例えば シチさんには
   勘兵衛様と島田先生はそんなに似ているようには見えなんだようで。
   逆にと言うか、彼らならではな観えようから、
   仔猫で坊やの久蔵ちゃんと高校生のキュウゾウくんは、
   血を分けた兄弟なんじゃないかと思ったくらいに、
   よくよく似て見えたらしいです。(…ある意味、凄げぇ失礼かも。)
   ただ、警備員のおじさんには、
   こっちの二人が古文の島田先生と養護教員の七郎次先生に見えたようで。
   …って、こんなところに書くのはずるいでしょうかね。
(苦笑)

素材をお借りしましたvv → フリー素材と猫★にゃんだふるきゃっつ!サマヘ

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